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2010/10/01

チャドの記事

아프리카 차드에 故박용하 기념 현판석 세워져(アフリカ、チャドに故パク・ヨンハ記念銘板石席立てられて)

俳優のパクヒスン、故パクヨンハの代わりにアフリカのチャドの学校建設開校式行って来て [イーデイリーSPNザングソユン記者]アフリカのチャドに故(故)パクヨンハを記念する銘板石が製作された。

去る9月中旬、アフリカチャドの現地の子供たちのために建立された『ヨナスクール』 ( YONA SCHOOL )には、パクヨンハを記念する銘板石が製作されて校門の横に立てられた。 'ヨナスクール』は、パクヨンハが生前、日本のファンと一緒に集めた6000万ウォン余りに建てられた学校で正規の教育から疎外されたアフリカの子どもたちの教育を担当する機関である。

これに学校建設への志を立てたパクヨンハを記念するために作成された扁額席には、彼の顔と『俳優のパクヨンハが建てた学校'という文字が刻まれている。

パクヨンハは、今年6月に学校の建設計画を明らかにしたが、 7月の運命を動かしながら、開校式は、パクヒスン、バクハソンなど同僚俳優たちが参加した中で行われた。

特に、映画'作戦'に一緒に出演しながら、パクヨンハと格別の関係を結んできたパクヒスンは、学校建設に積極的に参加し、先月15日、チャドを訪問して開校式に出席したことがある。

開校式に出席後、パクヒスンは、 "一方で、とても嬉しかったですが、その場にヨンハがないというのが残念だった"と言いながら、"開校式には、周辺の20以上の村の住民たちが皆集まってお祝いをした"と所感を明らかにした。

一方、ヨナスクールは、チャドの首都ンジャメナから55kmほど離れたパシャアレネの地域に建立された。

박효신, 故박용하와 함께 한 공연 “슬퍼하지 않겠다”(パクヒョシン、故パクヨンハと一緒に一公演"悲しいことはない")

歌手パク・ヒョシンが派手な照明よりさらに光る歌唱力で公演会場をいっぱい埋めた観客らを歓呼させた。 空で一緒に呼んだ故パク・ヨンハとの公演はさらに大きな感動をプレゼントした。

パク・ヒョシンは25,26日両日間ソウル、芳夷洞(バンイドン)、オリンピック公園体操競技場で‘2010 Gift2 Live Tour’コンサートを開いた。 この日公演は彼が去る11年間積み重ねた音楽的内面空白を確認できる爆発的な舞台であった。

“叫び声を聞きたかった”というパク・ヒョシンの風のように観客らは彼の一言行動一つ一つに熱く熱狂した。 観客らの叫び声にパク・ヒョシンは新しいアルバムに収録される曲らと胸に響くボーカルでうなずく返事をしたしファンたちはより大きい歓呼で彼を喜んだ。

この日公演のハイライトはパク・ヒョシンが自身の胸中にまだ生きて息をする故パク・ヨンハとともにした公演だった。 パク・ヒョシンは“兄が私のそばにないということを認定できなくて四十九斉以後兄を訪ねて行ってみることができなかった”としてパク・ヨンハを追憶した。

パク・ヒョシンは“コンサートをする時ごとに兄と常に電話通話をした”として“今回の舞台に必ず一緒に立とうといった。 どこかで一緒に歌を歌っていること”としながらパク・ヨンハが生前日本で発表したシングル‘愛という地図’を呼んだ。

引き続きパク・ヨンハが出演したミュージックビデオを背景に‘愛した後に’を呼んでこらえた涙を流した。 涙を努めてこらえて一節ずつやっと歌を終えるや二人が一緒にした映像と共にパク・ヒョシンがパク・ヨンハに送るメッセージがスクリーンに出てきた。

パク・ヒョシンは映像メッセージを通じて“今は悲しまない。 それが私が兄にしてあげられる全部”として“兄のきらびやかだった姿一生大事に保管する”と念を押した。

心を取りまとめてまた舞台に上がって予定された公演をリリースしたパク・ヒョシンはファンたちと別れる時間がこの上なく惜しいように即席で無伴奏でヒット曲メドレーをリリースして公演会場あちこちを飛び回って3時間公演を終わらせた。

愛したあとに

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コメント

記念館はまだ宙に浮いた話。実現するかどうか・・・建つとしても韓国でしょうね。でも日本のファンの方が多そうだから、こっちに建ってくれるといいですね。ジョン・レノン・ミュージーアムが日本にあるように。物価高いから無理かな。献花式の前に訪れました。ちょうどこの日は隣の埼玉スーパーアリーナはレインさんのコンサートがあったようです。あまり興味なかったので素通りしました。レインさんも献花式こっそりと参加されたかな?ロッテで競演もしてるし。よく考えてみるとここはヨンハさんがよく訪れた所だったんですね。弔問に訪れた俳優さんたちが是非記念館を建てるといいと遺族に提案していたようですが。
墓地の移動の話は多分、本当だと思います。実際に遺族に確認した訳ではないから確信はないですけどね。
23号のFC会報は日本での最後となった川口のコンサートの楽屋での記事が掲載されているようですね。悲しすぎますね。これが最後になってしまったなんて。コンサートの最後に「昔に戻りたい」と言ってたようですね。そして最後には土下座して。今までのコンサートではそんなことはされたことはなかったのですよね?コンサート時の写真を見ても目元がやつれてみえましたね。2ヶ月程前に彼の足取りを追ったテレビ番組が放送されてましたよね。将来の夢はハリウッドとか言ってたものです。この前に言ったことばが瞬時的にうつになると言ってましたね。だから衝動的に自分の人生の幕を閉じてしまったように思います。20日に出演されたラジオ番組改めて聞きました。なんだか元気なさそうでした。
弔問に訪れた日本のファンの方も結構いらっしゃって、遺族のはからいで中に入れてもらったようですが、故人と対面したということでしょうか?ただ記帳したということでしょうか?ずっと疑問に思ってました。故人と対面したのであれば、一生やきつくでしょうね。

投稿: 松井 | 2010/10/02 00:29

松井さん
お墓は移転ではなくてデザインを考えて作り直すと聞きました。
会報には、楽屋ではなくてムービーを写真で説明したものが載ってました。コンサートレポはあります。
「昔に戻りたい」と言ったのは初心に戻りたいという意味だとヨンハが言ってます。かなりニュアンス違いますね。
土下座ではなくて、韓国式の最上級のお辞儀です。LOVEコンサートの初日にもしてましたよ。ファンミで誕生日のお祝いをしてもらったときもしました。ファンへのお礼の意味でしょう。
テレビで流れたインタビューは、元のを持ってますが、オンエア撮影のときです。ハリウッドと言った直後、イテウォンのパブとごまかしてます。熱せられたり冷たくされたりで俳優は孤独で辛いものだとも話してましたっけ。
辛いことが続いて、疲れてしまったのかもしれません。
韓国では祭壇はそれだけ、故人は安置所と別々。祭壇におまいりさせて貰えたそうです。

投稿: 九月 | 2010/10/02 11:11

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